チャールズ・ブルックス(以下、チャールズ)は、つるはしを地面に向かって振り下ろした。それはシンプルな作業で、地面を平らにしながら景観を整えていたのだった。(彼は業務用ドローンの扱いにも長けているが、それについては後ほどご紹介。)
彼は良い気分だった。というのも、そのつるはしは単なるつるはしではなく、地面は普通の地面ではなかったのだ。ヒッコリー製の柄のつるはしは、もともとは彼の祖父のものだった。それが何十年もの間、代々引き継がれ、チャールズの手に渡ったのだ。そして、今では9歳と11歳になる彼の息子たちのものになっている。これで、代々4世代にわたってこのツールを手にしてきたことになる。
チャールズにとって、このつるはしは単なる便利な道具ではなかった。それは家族の歴史の一部となり、一族の存続を象徴するものである。長年この道具を使っていると、代々受け継がれてきたという歴史を意識することはあったが、今回のこの特別な作業では、今まで以上の充実感があったという。
というのも、このつるはしは、カリフォルニア州パラダイスで全焼した自宅の灰の中から偶然にも見つけることができたからである。この町では、2018年11月に発生した「キャンプ・ファイア」と呼ばれる大規模山火事で約19,000棟に及ぶ建物が焼失し、チャールズの自宅もその内の1棟だった。この山火事での損害額は約166.5億米ドルにも及び、史上最大の被害額を出した災害となった。さらに、1918年以来、米国で最も死者の多い山火事にもなった。
約2年半の間、チャールズと彼の家族は計画がまとまるのを待ち、調査を行い、許可を得て、ついに同じ土地に新しい家を完成させた。
その間、彼は新居の設計について建築家と話し合ったり、建設業者を選んだり、家の中の家具等を全て新調することも含め、ゼロから家を建てるのに必要な数え切れないほどの決断を下してきた。さらに、彼は父親そして夫としての役割も果たしてきたのである。
しかし、チャールズはより大きな意味での再建も行っていた。人々がパラダイスに戻り、町に生活を取り戻すサポートを行う組織を設立・運営してきたのである。そして、ここでドローンが重要な役割を担っていた。
失われたパラダイス
2018年11月18日は、気温の高い日だった。チャールズは、外に出て、日課のハイキングをするのが好きだった。彼は朝5時にはフェザー・リバー・キャニオンでのハイキングに出かけていた。彼とハイキング仲間は、その日の天候について話をしていた。夜明けにしては珍しく、既に強風が吹いていた。そして、木々は芯まで乾燥していた。
ハイキングを終えて家へ戻ると、チャールズは2人の息子を学校に送り出す準備に取りかかった。既に彼の妻は車で約25分の距離にあるチコ市で仕事中だった。すると、長男が2階に上がってきて、一言こう告げた。「パパ、煙の匂いがする。」
数分後、空の色が徐々に変化してきた。チャールズがラジオスキャナーのスイッチを入れると、すぐに救援要請の声が聞こえてきた。たった数マイルしか離れていないビュート郡にある近隣のコンコーという街で火事が発生していたのだった。彼は気にはなったが、まだ心配はしていなかった。この地域で山火事はよくあることだったため、そのまま子供たちを学校に連れて行く準備をしていた。
その時、電話が鳴った。同時に、パラダイス中の他の保護者も同じ内容の電話を受け取っていた。それは学校からの自動音声で、女性の声で録音された音声が流れていた。「学校の近くで火事が発生しているため、子供を登校させないでください。」
そこでチャールズは予定を変更し、子供を職場に連れていくことにした。しかし、職場に向かって車を走らせているうちに、外の様子は無視できない状況になってきた。空はどんどん暗くなり、不気味な様相を呈していた。いつもとは何かが違い、危険な予感がした彼はUターンし、自宅に向かって車を走らせた。空から火の粉が雨のように降ってきて、車や草むら、近くの建物に降り注いだ。
彼は車から降り、近所の人たちにこう言った。「これは、大変なことになる。」
「火のついた棒が自分の目の前に落ちてきたんだ。まるで 『ここまで来たよ』って言っているみたいに。」
チャールズは数分しか時間に余裕がないことを分かっていたため、急いで家に入り、子供の服をバッグに詰め、家族の写真が入っているハードドライブを持って、そのまま隣のチコ市に向かった。いつもなら車ですぐの道のりが、その日は交通状態と混乱のせいで、1時間45分もかかった。
「うちの近所の人たちは、自分たちより15分遅く出発したんだ。町から出るのに5時間半もかかったらしい。」
この近所の人たちを含む大勢の人が、文字通り、荒れ狂う火の中を車で走ってこなければならなかった。立ち込める煙に太陽が覆われてしまったため、火の粉や炎・煙に囲まれ、大混乱の中延々と走り続けたのである。この時の恐怖とその様子は、Netflixのドキュメンタリー映画「Fire in Paradise(ファイヤー・イン・パラダイス ー地獄と化した街ー)」に収められている。
予告編では、当時の混乱の様子をうかがい知ることができる。
「一日中、空全体が黒い煙に覆われていたのが、チコから見ていて分かった。友達からのメッセージも始めは受信できていたけど、その後8時間彼らと連絡が取れなくなったんだよ。」
チャールズと彼の妻は、自分たちの家はもうないだろうと予測していた。そして次の日、知り合いが彼の家の側を車で通った際に、彼の家が焼失してしまっていたことを確認した。
チャールズの妻と彼らの2人の息子、焼失した自宅の跡地にて。チャールズ・ブルックス撮影
チャールズと彼の家族は何もかも失ってしまったが、家族全員無事だった。彼らは命を取り留めることができたが、85人もの命が失われた。
パラダイス再建
チャールズは悲しみに浸るタイプではなかった。むしろ逆で、自発的にかつ実際に問題解決に取り組みたい彼は、物事を修復し、やるべきことに取り組みたかった。火事が発生した翌日、彼は建築家と電話で話し、再建の計画を立てた。
同時に彼は、コミュニティー全体の人々を助けなければならないという義務感にも駆られた。レンガやモルタルのような資材をかき集める以上に、パラダイス再建にはやるべきことが山積みだと予想できた。ほぼ全てが失われてしまったこの土地に人々が戻り、そこで生活を再開するためには、リソースの支援や動機付け、さらに励まし合う必要があった。パラダイス内の建築物の93%が火事で焼失し、その内11,000軒は住宅だった。 大勢の人が、家や財産を失ったショックに加え、避難中にトラウマを抱えていた。
「コミュニティーとそこの人々に対して、何かしなければならないと感じたんだ。それ以外にやるべきことなんて、想像できなかったよ。もう一度その場所で、自分の子供たちがサッカーをするのを見たかった。」とチャールズは語った。
そして、「これは実行可能だ。」と彼は考えた。
彼は「支持、連携、経済発展を通して、被災したコミュニティーの再建を長期に渡って支援する」ソノマ市に本部を置くノースベイ再建財団(Rebuild Northbay Foundation)とコンタクトを取り、彼の計画を財団に伝えた。その後、ジェニファー・グレイ・トンプソン(以下、「ジェニファー」)率いるこの財団は、無条件のサポートを表明してくれた。
火事からおよそ2ヵ月後、ジェニファーの支援もあり、チャールズはパラダイス再建財団(Rebuild Paradise Foundationという財団を設立した。この財団は、「災害で被害を被ったビュート郡の住民、仕事、労働者などの再建に対して長期に渡るサポートを提供し、山火事「キャンプ・ファイア」によって被災した、または今後起こりうる災害によって被災した場合の、ビュート郡の再建を援助するために、設立されました。私達の住むコミュニティーが、安全かつ持続可能なもので、かつての活気を取り戻したコミュニティーに戻るよう再建することを目指しています。」という使命を以って設立された。
そして、ここで登場するのがドローンである。
この動画で、団体の活動内容をチャールズが説明している。
DJIとの関係性
チャールズにはドローン操作の経験はなかったが、その後まもなく、経験のある者に出会うこととなる。
アーロン・ランバート(以下、ランバート)は、General Pacific 社のエアリアル オペレーション マネージャーを務めている。このGeneral Pacific社は、電柱から電線管、電気自動車充電器、水道メーターに至るまで、電力会社や水道会社で使われる大小問わず様々な備品を取り扱う大手企業であり、施工業者である。ランバートは、その会社の支社であるGenPac Dronesを運営している。実践トレーニングとNIST (National Institute of Standards and Technology) コースを運営しているほか、DJI Enterprise代理店業務も行っている。
運命的なことに、ランバートとチャールズは2019年8月にタホー湖付近で行われた構造工学関連のカンフェレンスに参加していた。そこで彼らは出会い、パラダイス再建財団の活動で、ドローンをどう活用できるかについて初めて話し合った。
チャールズが地元コミュニティーの復興を支援したいと思ったように、ランバートも同様に何らかの形で貢献したいと考えていた。彼自身、パラダイスと関係があったわけではなかったが、被害の状況は十分知っていたし、今すぐ助けが必要だということも分かっていた。チャールズは、自分たちの土地を再建しようとしている人々が等高線マッピングを必要としているが、経済的に苦しい状況にある中で、それは痛い出費であるということを説明した。
「何かためになることをしよう。」とランバートは当時考えていた。「彼らを助ける方法は必ずあるはずだ。」
DJIの参入
当時、ランバートは既にDJIと良い関係性を築いていた。DJIの公共安全統合担当シニアディレクター ロメオ・ダーシャー(以下、ロメオ)はその一人であった。実際、ロメオは、火事の勢いのピークを終えたパラダイスで、DJI製品を使用して、難易度の高いドローンマッピングと高解像度飛行ミッションを先陣を切って支援を行っていた。
「キャンプ・ファイア」での大部分のマッピング画像はこちら
もちろん、ロメオもこの被害のことは把握していた。ミッション中に彼が撮影した画像のうち何枚かには、焼失した家屋の跡に残っている金庫が映っているものもあり、現場での略奪を防ぐために、その部分をぼかしたものもあった。
ランバートは思い返しながら言った。「自分はDJIへ出向き、言ったよ。『緊急事態だ。カリフォルニアで発生した火事の中でも最悪クラスで、ただ事ではない。なんとかして手助けをしなければならない。この事件を風化させてしまわないためにも』と。」
彼の注文は、Phantom 4 RTK(RTK = Realtime Kinematic Positioning:リアルタイムキネマティック測位)1台だった。このドローンは測量専用として設計されており、DJI製モバイルステーションと併用することで、飛行高度100 mで2.74 cmの地上画素寸法 (GSD) を達成することが可能なのだ。正しいドローン(今回の場合、確実にこれが正しいドローンであった)を使用すれば、測量業務を予備的にサポートできるのである。特に、このモデルは等高線の撮影とマッピングを実行することができる。これにより得られるデータは、再建に関わっている全ての人が必要としているデータであり、この大変な時期に、多くの費用を節約できる可能性がある。
ランバートの要請はDJI社内での意思決定プロセスを経た後、すぐ彼に決定内容が伝えられた。その内容は、当初要求していたPhantom 4 RTK 1台の提供というものではなかった。
代わりに、DJIはPhantom 4 RTK 3台と、D-RTK 2モバイルステーション1台をパラダイス再建財団に寄付する、という決定だった。この機器一式は合計で25,000米ドル以上するものだ。
チャールズは、2台のドローンを「フェニックス1号」「フェニックス2号」と名付けた。火事の後に残った灰の中から飛び立つドローンにぴったりの名前である。
“フェニックス1号” – DJIがパラダイス再建財団に寄付をした3台のPhantom 4 RTKドローンのうちの1台。チャールズ・ブルックス撮影
空中での作業開始
ここからが本当の仕事の始まりである。2020年3月、ランバートは現場でのトレーニングを提供するために、パラダイスへ出向いた。General Pacific社も協力し、彼の費用も負担してくれることになった。現場で目にする光景を予想はできていたが、事前に心積もりをしていたとしても、実際に被害状況を目の前にした時の惨状は想像を絶するものだった。
「あれから2年経ったけど、実際に状況を目にすることができたのは貴重な体験だったよ。少しずつ植物が育ち始めてはいたけど、広い土地がまだ不毛のままだった。現地の人々の話を聞きながら、言葉を失ってしまったんだ。言葉では言い表せない気持ちになったよ。」
そして、ドローンの作業が始まった。ランバートは、チャールズとパラダイス再建財団の映像制作インターンに対し、Phantom 4 RTKの操縦トレーニングを行った。2人は勉強し、業務用ドローン操縦用のPart 107ライセンスも取得した。その後まもなくして、彼らはマッピングを実行できるようになった。ランバートはオレゴン州の自宅に戻ったが、チャールズと連絡を取り続けた。
「チャールズは私に何度も電話をかけてきて言うんだ。『業界で名の知れた測量技にデータを提供すると、彼らは、これはすごく良いデータだ、なんて言うんだよ』と。」
DroneDeploy社も加わり、パラダイス再建財団に無料のEnterpriseメンバーシップを提供し、DJIもマッピングソフトウェア DJI Terraを無料で提供した。
「その素晴らしい性能に何度も感銘を受けたよ。たった5分間の飛行で、ハンドヘルド型地上計測センサーを持って地上を3~4時間歩いた時と同じレベルの詳細情報を取得できるんだ。それに、あの独特な視点のオルソモザイクマップも取得できる。このおかげで、設計士の仕事が迅速に行えて、土地内の主なインフラを全て測定することが可能になる。しかも、この小さなデバイスたった1台だけでできるんだ。信じられないよ。」
チャールズ・ブルックス
建設中、区画の準備が整えられると、チャールズは設計士に最新の映像を提供した。このデータによって、設計士は建設現場まで何度も足を運ぶ必要がなくなった。
「最も重宝したのは、最新の映像だったよ。オフィスにいる設計士に最新の映像を提供することで、彼らは現場に足を運ぶ必要がなくなった。そのおかげで、莫大な時間と費用を節約できたんだ。そして、設計士から同意を得たんだ、節約できた費用は全てエンドユーザーのもとへ行くとね。」とチャールズは話した。
#ドローンによる支援
チャールズは優秀なパイロットになった。等高線マッピングミッションをマスターすると、彼はより複雑なミッションにも取り組み始めた。ランバートは、「彼は本当に腕を上げたよ。」と説明する。
チャールズはこう言う。「ランバートがトレーニングをしてくれた時、ドローンがあんなに安定して飛行できるなんて、信じられなかったよ。ドローンを飛行させるのが一気に好きになったし、ドローンの性能にワクワクするよ。」
工事現場での作業以外に、30万本の枯れてしまった、または枯れかけている木々を広大な被災現場から除去する過程を記録するためにも、ドローンは使用された。ドローンがその上空を飛行するたびに、土地の様子は変化していった。
パラダイス再建財団が地元の消防安全委員会向けに取得したデータは、素晴らしいものだったとチャールズは語った。撮影したデータには、公園などのエリアが含まれ、そのようなエリアは、万が一、「キャンプ・ファイア」のような火災が起こった時に安全区域として利用でき、勢いよく広がる火を防ぐ緩衝域のような役割を今後担っていくだろうと。
DJIドローンが語るストーリー
映像制作のインターンもドローンを使いこなすようになり、やがてパラダイス再建財団は、映像を使ったストーリーテリングや、360°映像を撮影する目的でもドローンを使い始めた。ドローンで撮影した映像はパラダイス再建の動画の中で多く使用されている。
この歴史的な変化を記録した映像や写真はアーカイブされ、将来ゴールデンナゲット博物館に引き渡され、地元史に関連する所蔵品として保管される。
寄付された3台のドローンのうち1台は現在、地元の捜索救助チームに貸し出されており、DJIが複数台のPhantom 4 RTKを寄付したことで実現した #ドローンによる支援 事例の一つとして活躍している。
パラダイス復興
パラダイスの復興は、簡単なことではない。再建には何年もかかり、以前と全く同じ姿に戻ることはないだろう。しかし、十分な緩衝域を設け、木々の数を減らしたことで、2018年に発生した火事と同規模の火事を防ぐことができ、安全性を高めている。家屋も現在の基準に基づいて再建されており、耐火性も備えている。
パラダイス再建財団が制作した動画をいくつか見ていると、「Returning to Paradise(Paradiseへ帰還)」というタイトルがついていることに気づくだろう。再建の途中で人々を記録した動画だからである。チャールズ自身の行動の芯にある、希望や前向きな考え方と同じ気持ちを彼らが語っている。
「チャールズは、あのコミュニティーを照らす光のような、スターみたいな存在だよ。」とランバートは言う。
チャールズも、ランバートに対して似たようなことを言った。
「彼はこの活動をしなくても良かったんだ。でも、彼は僕たちを信じて、手助けを申し出てくれた。彼は思いやりの心に溢れているよ。」
DJIについても、チャールズはこう語る。
「DJIからの素晴らしい贈り物に感謝しきれないよ。こんなことが起きるなんて、全く予想していなかった。受け取った贈り物を使って、自分のコミュニティーや他のコミュニティーのために、やるべきことをやろうとしているんだ。心から感謝しているよ。」
再建された「我が家」へ
3月下旬、チャールズと彼の妻ジェニファー、そして彼らの2人の息子は、長い間待ち望んでいたことを実行した。新しい家に引っ越したのだ。
チャールズ・ブルックスと、焼け跡の中から見つかり、新しい柄に取り替えた後の彼のつるはし。タイラー・ブルックス撮影
数週間ほどで、景観を整えることができた。チャールズ・ブルックスは祖父から父へ、そして自分へと受け継がれてきたつるはしを持って庭に立った。つるはしを地面に振り落とすと、気持ちの良い音を立てて地面に刺さった。
彼は本当に戻ってこれたのだ。パラダイスにある「我が家」へ。